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2006年11月28日

‡Creep‡其ノM

061121_210316.jpgめっきり寒くなって、朝起きるのが辛い。
ので、朝仕事(早番)の日は毎回遅刻。

あぁ…ヤバイ…
今寝たら…死…
でも…
走ればまだ…間に…zzz

ってなる。
でも不思議と休みの日には目ぇ覚めるんだよね。

先日、久々に丸一日ゲームした。
憑かれたようにPLAYした結果、スゲー疲れた。
あと、とてつもなく悪い事をしたような気持ちになったので、何か勝手にメンバーと話すのが億劫になった。

んで、とりあえずイベントやLIVE情報の更新なんかを炒飯に指示して、罪滅ぼしした気になった。

何この罪悪感!?

まぁでも良いか。
ごっつ強い技覚えたしな。
サルーインもタジタジだぜ。

さて。
本題へ。

淳志からの電話…

勿体ぶる事無いか。

簡単に書いてしまうと
『関東での活動を中心にバンドしないか?』
というお誘いだった。
無論、目指すのは一等賞。
当時、『一等賞』の解釈は俺とあつしで随分違ってたと思う。
ずっと関東で活動してきたあつしは、それまでに培ったノウハウだとか、言うなれば経験に裏打ちされた自信や何かをもって、あえて『一等賞』って言葉を使ったと思う。
勿論、堅実に目先も見据えた上で。
机上の空論などではない。
俺や、もしくは自分を鼓舞する意味も込めて。

まぁ、知らんけど。

俺はと言うと、ただ漠然と夢見てた。

五年間のサラリーマン生活でぬるま湯にどっぷりだった俺。
新しい波に飛び乗るには心に脂肪が付き過ぎてた。

ちょっと間違った印象を与えかねないので補足。

サラリーマンが悪いのではなく。
腐ったのはあくまで俺個人の問題。
諦念を抱えながら、惰性で生きていた。

ここで言う諦念は、前回Lで書いた『思うところあって上京しなかった』って部分に掛かってくる。
アツシ達が上京する事になった時だな。

俺は行けなかった。

今でこそ後悔していないけれど、いや、むしろ鳥取に残って良かったと思えるのだけれど、それは今、思う存分にバンド活動出来ているからであって、当時は飲み込めなかった。

理由は書かないけど、不可抗力だったと思う。
ほとんど有無を言わさず、鳥取に残る事が決まった。

頭では理解っていても、ずっと、ずっと
『何故だ?』
って気持ちを晴らせなかった。
『終わった事だ』と言い聞かせて、そこから先は望まないのがルールだった。

何だか重い感じになっちゃってるけど…コレはあくまでそういう気持ちとして抱えてたってだけ。
毎日そんな風に思ってたわけじゃあ無いし『何故?』って疑問自体に小さな答えが出た日も幾度かあった。

職場では素晴らしい出会いもあったし、彼らと飲むお酒は特別に美味かった。
たかしと歌う事も楽しかった。
歌を通して、仲間も沢山出来た。

そう。
それは素晴らしい日々だったのだけれど
沢山の小さな幸福は
たった一つの夢を突き崩せ無かった。
夢で終わるはずだった夢

アツシからの電話の後

まるで蛇の其れの様に、ゆらゆらとその鎌首をもたげた野心。

そして俺は知ってしまった

どれだけの想いを、言葉を
殺して

殺して

殺して

俺が飛べないでいるのかを

写真は…
関東にきて一年半
初めて観た東京Tower

じゃあ

また
posted by 圭佑 at 13:03| Comment(12) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

‡Creep‡其ノL

061107_030400.jpg陽が短くなった。
もう十一月か。
また一つ歳をとった事に、焦りは無い。

怖いのは衰えていく事だ。
身体が、心が、年追いヒビ割れてゆく事が、怖い。
衰えてゆく事は、
死んでゆく事だ。


さて。
今回はサクサク進もう。

Mと微妙な膠着状態を保ったまま、俺は高校を卒業
Vocalの座はもうほとんど俺のものだったけれど、あえてはっきりする事は無かった。
少なくとも。
奴には義理がある。
あつしやマサル、トシカズと引き合わせてくれた。
それには素直に感謝しよう。

俺は大学へ進学。
そして、半年で自主退学。
理由は書かない。

鳥取に戻ったら、またあつし達とバンドを。
バイトしながらバンドする生活を一年と半年続けた。
あぁ、そうだ。
その間にあつしとマサル、トシカズは上京。
俺も考えたけど、色々と思うところがあって辞めた。
んで、俺はと言うと…
あつしやマサルの幼なじみ「たかし」と二人で歌う事にした。
俺が歌って、たかしがギターコーラスかぶせて。。。
とかって言うと皆は「ゆず」とかその辺りを想像するのだろうけれど、いえいえ。
そんなんじゃなくて。

もっと、よく理解らない事をやってました。

簡単に書くと
「いや、つーかそれバンドでやれば良くね?」
みたいな音楽
を、二人で。
んで。
「この僕の手で」
という名の曲はこのバンドの活動中に生まれた曲だったり。。。

正確に記すと、夜勤中に、これ以上は不可能なのではないか?これが少宇宙なのか?と感じさせる程の半端じゃない速さで地雷掃除(マインスイーパ)してたら、何処からとも無く降って湧いたメロディが「この僕の手で」のサビだった。
という事ですな。
どういう理由か、詩も一緒に。

そんなこんなしてる内にいつの間にやら就職

気が付けば五年が過ち。

ほどほどに仕事して。
ほどほどに遊んで。
酒ばっか飲んで。
適当に恋もして。

胸張ってサラリーマンしてた俺。


そんな、2004年9月某日。

買い替えたばかりの携帯が鳴った。

アツシからの着信。

運命のコールだった。


写真はシェリー。
ガーベラ
posted by 圭佑 at 03:08| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする